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《みことば》 「礼拝する所」
《聖  書》 ヨハネによる福音書 4:5-42

エルサレムの神殿

 エルサレムの神殿は、当時のユダヤ宗教体制の中心であり、シンボルでした。旧約時代の最初の頃は、神の住まいとして幕屋がありました。イスラエルの民は、放浪する間、この幕屋をかついで移動していました。ところが、約束された土地に入り、定住するようになると、ソロモン王が神殿を建て、イスラエルの礼拝と祭儀の中心の場所としました。このエルサレムの神殿が中央聖所と呼ばれるようになり、イスラエルのすべての人が、この神殿に捧げ物を持って来なければいけなくなりました。バビロニアの軍隊によって、一度はこの神殿が破壊されましたが、イエスの時代には、ヘロデ大王によって再建されていました。
 しかし、イスラエルの民衆にとって、この神殿は自分たちの血のにじむ思いで出した税金によって建てられたものであり、又、同時に、宗教による支配体制のシンボルでもありました。人々は、ローマに税金を払うと同時に、神殿税も納めなければなりませんでした。又、律法によると、年に三度エルサレムの神殿に行かなければなりませんでした。貧しい民衆にとって、これはとてもつらい事でした。

礼拝する所

 私たちは、礼拝する場所として、すぐ教会の聖堂を考えます。しかし、私たちは、いつでも、どこでも神と出会う事ができるはずです。イエスがサマリアの女に言われた事も同じ事です。私たちは、いろんな出来事を通して、又、いろんな人との出会いの中で、神と出会っているのです。神との出会いの機会がたくさんあるのに、私たちはそれを限られたものにしてしまっているのです。
 祈りで大切な事は、何か願い事をする事ではなく、神の呼びかけに耳を傾ける事です。神は、いろんな機会に私たちに呼びかけているのです。

四旬節第3主日A年(瀧野正三郎)

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