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《みことば》 「神の子」
《聖  書》 マタイによる福音書 5:1-12a

 「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは、神の子と呼ばれる」。神の子にふさわしい人は誰かを考える時、必ずこの言葉が思い出されます。平和のために働く事は、すべての人々の課題ですが、キリスト者こそ、率先して平和のために働く必要があるのです。
 教皇ヨハネ・パウロ二世は広島で平和アピールを行ないました。「過去を振り返ることは将来に対する責任をになうことです。……広島市と日本国民は、『自分たちは平和な世界を希求し、人間は戦争もできるが平和を打ち立てることもできるのだ』という信念を力強く表明しました。この広島から、この広島の出来事の中から『戦争に反対する新たな世界的な意識』が生まれました」。
 教皇による平和の訴えは決して新しい事ではなく、歴代の教皇によって繰り返し行なわれてきました。
 教皇ヨハネ二十三世は回勅『パーチェム・イン・テリス(地上の平和)』で次ぎのように述べています。「正義、英知、そして人間の尊厳のためには、軍備競争に終止符が打たれること、既成の軍備が同時かつ平衡的に縮小されること、核兵器が禁止されること、そして最後に、有効な監視を伴っての軍備全廃達成が切実に要求されます。ピオ十二世は、『経済的、社会的破壊と倫理的ゆがみと混乱とを伴う世界戦争が三たび人類に襲いかかることが許容されてはならない』と述べました」。
 平和のために働く事はキリスト者の使命であり、黙っていては平和を築く事はできません。毎日の生活の場での実行が求められています。

諸聖人の祭日(瀧野正三郎)

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