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《みことば》 「岩」
《聖  書》 マタイによる福音書 16:13-19

 ぺトロはアラム語のケファのギリシャ語の呼び名で、岩を意味しています。今日の福音の個所で、イエスはぺトロに対して「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」と言います。又、ヨハネによる福音書1:42では、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファと呼ぶことにする」と言ってます。
 「岩」は聖書では神になぞらえて使われています。申命記32:4のモーセの歌では「主は岩、その御業は完全で、その道はことごとく正しい」と歌われています。又、サムエル記下22:2-3のダビデの感謝の歌でも「主はわたしの岩、砦、逃れ場、わたしの神、大岩、避けどころ、わたしの盾、救いの角、砦の塔」と歌われています。岩は確固不動の安全を保証するものなのです。

ぺトロとパウロ

 キリスト教の歴史のなかで、ぺトロとパウロほど強い影響を与えた人物はいません。しかし、この二人にはいくつかの相違点があります。
 ぺトロはイエスの弟子としてイエスの活動の最初の頃から行動を共にしてきました。しかし、パウロは生前のイエスを知りません。
 ぺトロはユダヤ人を対象に、パウロはユダヤ人以外の人を対象にキリスト教を広めていきました。
 ぺトロは漁師の出身でしたから無学でしたが、パウロはファリサイ派としての教育を受け、多くの手紙を書き残しています。
 二人は性格も活動もかなり違っていましたが、復活したイエスに出会い、共にキリスト教の発展のために貢献しました。二人の活躍により、キリスト教はユダヤ教の枠からはずれ、世界的な宗教となることができました。
 使徒たちの活躍を見ていると、私たちには同じようにはとてもできないと考えてしまいがちです。でもよく考えてみると、私たちも使徒たちと同じように復活したイエスに出会っているのですから、活動の仕方は違ったにしても、イエスの弟子として働くことができるはずです。
 私たちは、現代の社会の中で、イエスの福音をあかしする役割が与えられていますし、また、あかしする勇気も与えられています。

聖ぺトロ聖パウロ使徒の祭日(瀧野正三郎)

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