《みことば》 「分かち合い」
《聖 書》 マタイによる福音書 14:13-21
五千人に食べ物を与える
今日の聖書の話しは、イエスがパンをふやされた奇跡としてとらえがちです。でも、話しの題は「五千人に食べ物を与える」となっています。これを見ると、イエスの不思議なわざを伝える事が、決してこの話しの目的でない事がわかります。
聖書には、イエスが不思議なわざをされた事がたくさん伝えられています。しかし、人々をおどろかして、人々をひきつける事を目的として伝えられているのではありません。イエスのおこないを通して、人々が何を大切にしていかなければいけないかを示し、人々もイエスと同じように行動する事を求めているのです。イエスだからできたので、私たちはとてもできませんと思ってはいけないのです。
分かち合い
今日の話しでは、イエスは人々が持っている食べ物を出すように求めています。そして、出されたものを裂いて人々に与えられました。五千人を食べさせようと思うからできないのであって、お互いに持っているものを分かち合おうと思えばできるのです。分かち合いの精神は、人に対して何かしてあげようという姿勢とはちがいます。自分が持っていて、持っていない人に与えようというのではなく、お互いに充分持っていないかもしれないけれど、お互い助け合いましょうという事です。
現代の日本の社会に生活していると、この分かち合いの精神を忘れてしまいがちになります。自分に余っているもの、残っているものを人に与えようとしてしまいます。
フィリピンに行って驚く事は、たくさんの失業者がいるにもかかわらず、人々がとても明るい事です。家族のなかで何人も失業者がいても、収入を得る事のできる人が家族のみんなをささえているのです。また、タバコを買うにしても、必要な時に一本一本買うのです。物を買いだめておくという習慣はなく、持っている物はお互いに分かち合うのがあたりまえなのです。
自分の持っている大切なものを、分かち合うことはとてもむずかしいことかもしれませんが、今地球全体の規模で、真剣に取り組んでいくことが必要なのです。
年間第18主日A年(瀧野正三郎)