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《みことば》 「おそれ」
《聖  書》 マルコによる福音書 4:35-41

おそれ

 「おそれ」という語を古語辞典で見ますと、「危険を前もって心配し、警戒する。こわがる。」と、「うやまいつつしむ。」と二つの意味があることがわかります。
 私たちが火山の噴火とか、台風の猛威に出くわすと、自然の底知れない力を思い知らされます。いくら科学が進歩していても、どうしようもない力が働いていることに気づくのです。そのような時、危険を感じ、こわいと思うのです。
 ところで、日本では、昔から山の神とか、木の神とか自然のもを拝んできました。これは、自然の脅威に対してただこわがるだけでなく、なにか自分たちの力のおよばないものを感じ、うやまう心からでてきたものです。

弟子たちのおそれ

 今日の福音の個所では、弟子たちがイエスの行動に対して非常に恐れたと伝えられています。ところで、弟子たちの感じた恐れはどのようなものだったのでしょうか。弟子たちは自分たちの予想すらできない出来事に出くわして、不安を感じていたにちがいありません。
 ヨブ記28:28では、「主を畏れ敬うこと、それが知恵」であると語っています。自然の脅威に対するおそれから、自分の無力を知り、神の働きに信頼するようになると、こわいという気持ちから、敬意の念が湧いてくるのです。
 弟子たちも始めはこわかったのだと思います。しかし、時間がたつにつれて、イエスをうやまう心が育っていったのだと思います。
 誰でも最初は不安なものです。でも、時間をかけて人とかかわっていくなかで、相手を信頼することができるようになります。そうすれば、うやまう気持ちもわいてくると思います。

年間第12主日B年(瀧野正三郎)

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